社労士コラム 第89回

令和7年度「過労死等の労災補償状況」に見る現状と危機意識
厚生労働省が公表した令和7年度「過労死等の労災補償状況」によると、仕事のストレス等を原因とする精神障害の労災請求件数は4,958件(前年度比1,178件増)となり、過去最多を大幅に更新しました。また、支給決定件数(労災認定件数)についても1,082件(前年度比26件増)を記録し、2年連続で1,000件を超える深刻な事態となっています。
今回のデータで特に注目すべきは、時間外労働時間別の支給決定件数において「月20時間未満」が57件と最多を占めている点です。従来のように「長時間労働=メンタル不調」という単一の要因だけでなく、職場環境や対人関係の過酷化が精神障害の主因となっている実態が浮き彫りになりました。支給決定件数を、心理的負荷による精神障害の認定基準である「具体的な出来事」別にみると、以下の要因が上位を占めています。
- ・パワーハラスメント:222件(最多)
- ・カスタマーハラスメント(顧客等からの著しい迷惑行為):127件
- ・セクシュアルハラスメント:127件
- ・仕事内容・仕事量の大きな変化:113件
- ※統計参照は厚生労働省HP、令和7年度「過労死等の労災補償状況」の「別添資料2業務災害に係る精神障害に関する事案の労災補償状況」より
このように、職場内でのパワーハラスメントにとどまらず、顧客や取引先からの無理な要求・暴言といったカスタマーハラスメントや、セクシュアルハラスメント、業務内容の急変などが労働者のメンタル不調に直結している実態が明確に表れています。このようなハラスメントに起因する精神不調リスクの高まりは、従業員の労働環境を守る安全配慮義務の徹底はもちろんのこと、対応を一歩誤れば会社の経営基盤を揺るがしかねません。従業員と組織の双方を守るための具体的体制の整備は、今や企業にとって最優先で取り組むべき課題といえます。
カスハラ対策、就活セクハラ対策の義務化と、ストレスチェック義務化の法整備
業務に起因するハラスメント被害の深刻化や労働環境の変化を受け、近年、相次いで重要な法改正が行われています。カスハラと就活セクハラについては5月のブログでも取り上げさせていただいておりますが、改めて会社が押さえておくべき主要な法改正の動向を整理します。
(1)カスハラ対策および就活セクハラ対策の義務化(令和8年10月1日施行)
令和7年6月11日に公布された改正労働施策総合推進法および改正男女雇用機会均等法等により、これまで企業の努力義務やガイドラインにとどまっていたハラスメント対策が大幅に強化されました。令和8年10月1日より、すべての事業主に対して以下の措置が義務付けられます。
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カスタマーハラスメント(カスハラ)対策の義務化(改正労働施策総合推進法)
顧客や取引先からの社会通念上許容範囲を超える著しい迷惑行為から従業員を保護するため、事業主における相談体制の整備、マニュアル策定、被害者配慮措置などの「雇用管理上の措置」が義務化されます。 -
求職者等に対するセクシュアルハラスメント(就活セクハラ)対策の義務化(改正男女雇用機会均等法等)
雇用関係の発生前である就職活動中の学生やインターンシップ参加者、転職応募者(求職者等)に対するセクシュアルハラスメント防止のため、企業方針の明確化や面談ルールの策定、相談窓口の周知等が事業主の義務となります。
(2)50人未満事業場における「ストレスチェック制度」の義務化(令和10年4月1日施行予定)
メンタル不調の一次予防(未然防止)を図る施策として、令和7年5月14日に成立・公布された改正労働安全衛生法により、これまで当分の間「努力義務」とされていた従業員50人未満の小規模事業場においても、ストレスチェックの実施が全面義務化されることとなりました。
施行日は公布から3年以内とされており、政令・省令の整備を経て令和10年4月1日からの施行が予定されています。これにより、企業規模にかかわらず、すべての事業場において労働者のメンタルヘルス状態を定期的・客観的に把握する体制の構築が法的に求められます。
今後に向けた就業規則の改定と体制整備
労災認定件数の高止まりや一連の法改正を踏まえると、企業が講ずべき対応は単なる法令遵守(コンプライアンス)の域にとどまりません。従業員の健康障害を防ぐとともに、無用な労務トラブルや企業イメージの棄損を防止するための実務体制の構築が不可欠です。
(1)令和8年10月のカスハラ・就活セクハラ義務化に向けた体制整備
施行期日である令和8年10月1日に向け、まずは就業規則(特にハラスメント防止規程)の改定を進める必要があります。
従来のパワハラ・セクハラ・マタハラ規程に加え、「カスタマーハラスメントに対する会社の方針・対応姿勢」や「採用活動における求職者へのセクハラ禁止・懲戒対象の明記」を規程上盛り込む必要があります。
また、カスタマーハラスメント発生時の一次対応フローや現場の判断基準(担当者ひとりに対応を抱え込ませない組織的対応体制)をマニュアル化するなど社内ルールの整備も必要です。
加えて、就活セクハラに対応できるよう、相談窓口の設置・拡充を行い、社内だけでなく採用特設サイトや会社説明会資料を通じて、求職者側へも窓口の存在を周知する体制を整えておきましょう。
(2)令和10年4月のストレスチェック義務化を見据えた長期的対応
施行まで一定の猶予期間があるストレスチェックの義務化ですが、直前に慌てて対応しようとすると、産業医との連携不足や費用の確保、受検率の低迷といった壁に直面しやすくなります。50人未満の小規模事業場においても、早期から以下の準備を進めていくことをおすすめします。
地域産業保健センターや外部のストレスチェック提供事業者の選定・連携体制の確認や、受検結果を人事評価や不利益取扱いに用いない旨を就業規則・社内運用規定等に定めるなど、従業員が安心・客観的に受検できる体制を構築していきましょう。
労務環境を取り巻く法的・社会的要請は刻一刻と厳しさを増しています。ハラスメント対策やストレスチェックの法改正を「単なる義務の追加」と捉えるのではなく、従業員の安心と会社の持続的な成長をしっかりと支える、より良い組織作りのきっかけと捉え、あらかじめ就業規則をはじめとする社内規定・体制の整えを進めていきましょう。