社労士コラム 第91回

窓口を「つくったか」から「届いているか」へ
消費者庁の実態調査(「令和5年度 民間事業者等における内部通報制度の実態調査」令和6年4月公表)では、従業員数300人超の事業者の91.5%が内部通報制度を「導入している」と回答しています。しかし、制度を導入している2,448者のうち、窓口の年間受付件数が「0件」「1〜5件」または「把握していない」と答えた事業者は65%に上り、従業員研修を実施している事業者も57.2%にとどまりました。「窓口はあるが、機能していない」のが実態です。
働く側の調査(同庁「就労者1万人アンケート調査」令和6年2月公表)でも、重大な法令違反を目撃しても通報しない理由の最多は「誰に相談・通報したら良いか分からない」でした。
令和8年12月1日に施行される改正公益通報者保護法(令和7年法律第62号)は、こうした事業者の対応の限界と、国内外における公益通報者保護の強化を踏まえて改正されたものです。改正の柱は、①体制整備の徹底と実効性の向上、②通報者の範囲拡大、③通報阻害要因への対処、④不利益取扱いの抑止・救済強化の4点です。体制整備義務(本法11条2項)を負うのは常時使用する労働者が301人以上の会社(300人以下は努力義務)ですが、その他の規定は事業者規模を問わず適用されます。
1. 企業規模を問わず適用される4つの主要改正点
(1)通報主体にフリーランス(特定受託業務従事者)を追加
通報主体の範囲にフリーランスが追加されました(本法2条1項3号)。業務委託関係の終了後1年以内のフリーランスも対象に含まれ、通報を理由とする契約解除や報酬減額などの不利益な取扱いは禁止されます。(なお、退職後1年以内の退職者や役員は令和2年改正ですでに対象となっています)。
(2)通報を妨げる合意の無効化と「通報妨害」の禁止
正当な理由なく公益通報を妨げる行為が禁止され、これに違反する合意等は無効となります(本法11条の2)。「秘密保持義務」を理由に通報させない合意はもちろん、口外した場合に退職金を不支給・返還させる条項や違約金条項も「不利益な取扱いを告げる行為」として禁止対象となり得ます。また、「まずは社内窓口に通報すること」という順序を強制する規定も通報妨害とみなされる恐れがあります。
実務上、「在職中に知り得た一切の事項を退職後も開示しない」といった包括的な秘密保持条項を設けている場合は、「ただし、公益通報者保護法に基づく公益通報その他法令に基づき適法に行われる通報・申告等を除く」という但し書き(除外規定)を追加する必要があります。
(3)正当な理由のない「通報者探索」の禁止
正当な理由なく、通報者を特定しようとする行為(通報者探索)が明確に禁止されました(本法11条の3)。通報した可能性のある従業員を取り調べたり、特定のために端末のアクセスログやメールを確認したりする行為が該当します。管理職が問題解決のため「よかれと思って」個人特定に走るリスクが高いため、管理職層への徹底した教育が必要です。(※守秘義務を負う従事者が折り返し連絡先を確認する行為や、是正目的の合理的な調査は対象外です)。
(4)立証責任の転換と、解雇・懲戒に対する「直罰」の新設
通報者が「労働者」の場合、通報から1年以内になされた解雇や懲戒処分は、民事上「通報を理由としたもの」と推定されます(本法3条3項)。会社側が「通報とは無関係な合理的理由があること」を立証しなければなりません。
さらに、通報を理由とする解雇や懲戒処分に対して刑事罰(直罰)が新設されました。行為者は6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、法人は3,000万円以下の罰金が科されます(本法21条1項、23条1項1号)。この直罰には「通報から1年以内」という期間の限定はありません。対象となるのは解雇と懲戒処分で、懲戒処分であれば戒告・けん責等、種類は問いません。一方、懲戒によらない配置転換や人事上の減給は、直罰の対象外とされています。処罰対象は処分を実質的に決定・関与した者ですが、実際に刑事罰が科されるのは故意がある者に限られます。
2. 301人以上規模の会社に求められる義務と行政措置
常時使用する労働者が301人以上の会社には、内部公益通報に対応するための体制整備義務および従事者の指定義務が課されます(300人以下は努力義務)。今回の改正では、体制整備義務の例示として、労働者やフリーランス等に対する「周知義務」が明示されました。
人数は「常態として使用する労働者」で数えます。繁忙期だけの一時的な雇入れは含みませんが、パートタイマーやアルバイトも臨時的な雇入れでなければ含みます。派遣労働者は派遣先と派遣元の双方で数える点にご注意ください。
今回の改正では、301人以上の会社に対し、「従事者指定義務」(本法11条1項)の違反について、是正勧告に従わない場合の「是正命令」と、命令した旨の公表、命令違反に対する刑事罰(30万円以下の罰金・両罰)が新設されました。立入検査権限も導入され、検査拒否や虚偽報告にも刑事罰が科されます。
一方、「体制整備・周知義務」(本法11条2項)の違反に対しては、勧告に従わない場合の「公表」までが行政措置として定められています。なお、努力義務の企業(300人以下)であっても報告徴収の対象となり、虚偽報告等には過料が科される点に留意が必要です。
3. 実務で判断に迷いやすい2つの場面
問1:通報してきた社員に、以前から懲戒に相当する問題行動があった場合、処分はできませんか?
答:処分自体は禁止されません。通報以外の客観的な理由に基づく処分であれば、本法の禁止規定には抵触しません(ただし、解雇権濫用法理など他の法理により制限される場合はあり得ます)。1年以内の場合は推定が働きますので、通報以前からの指導記録や業務上の必要性を客観的に説明できるよう、時系列で証拠を残しておくことが不可欠です。
問2:人事部門を内部通報受付窓口にすることは可能ですか?
答:設置自体は可能です。ただし、人事評価や処遇を握る人事部門への通報を躊躇する従業員も多く、早期把握を阻害するリスクがあります。部門横断的な窓口に加え、外部の弁護士事務所や親会社・グループ共通窓口など、選択肢を示すことが推奨されます。
4. 施行(令和8年12月1日)までに準備すべき実務対応
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1. 誓約書・秘密保持契約書・退職合意書の緊急点検
ひな型ではなく、実際に締結している現物をご確認ください。退職時の誓約書や中途採用者の秘密保持契約書等に包括的な口外禁止条項がないか点検し、但し書きを追加します。 -
2. 人事措置決定時の「客観的記録」の徹底
配置転換や懲戒処分を行う際は、通報の有無にかかわらず、決定した「その時点」での理由や検討経緯を文書・データで残します。なお、処分の検討にあたって「この社員は通報者か?」と窓口に問い合わせる運用は絶対に行わないでください。通報者を特定させる事項を必要最小限の範囲を超えて共有することになり、範囲外共有にあたる恐れがあります。 -
3. 内部通報規程の改定と実効性ある周知(301人以上)
連絡先を周知するだけでなく、独立性の確保、不利益取扱いや通報者探索の禁止、是正結果の通知など、体制全体の仕組みや保護要件を周知する必要があります。退職予定者やフリーランスに対する周知方法(在職中・契約中の案内等)も規定・運用に組み込みましょう。規程は、消費者庁が公開している内部規程サンプルを土台に、自社に実在する役職・部署へ置き換えて作成します。その際に必ず決めておきたいのが、経営幹部が関与する案件の取扱いです。社内のラインだけで受け付ける設計にすると、幹部の案件で機能しません。
今回の法改正は、制度の「形だけの整備」から「働く人に届き、正しく機能しているか」を問うフェーズへの移行を意味します。体制整備が努力義務の中小企業でも、誓約書の見直しと管理職研修を12月1日までに進めましょう。
出典 改正公益通報者保護法(令和7年法律第62号)、消費者庁「公益通報者保護制度Q&A」(令和8年5月29日時点)、同庁「就労者1万人アンケート調査」(令和6年2月)、同庁「民間事業者等における内部通報制度の実態調査」(令和6年4月)